こんにちは、りょうです。


3月17日(土)、ソロで三浦半島ライドに行ってきました。

本当は日曜走る予定だったのだけど、次女のバレーボールの試合があるというので、急遽土曜日に行くことに。


家を出たのが10時頃で遅くなってしまったので、三浦半島のぶらり旅に出ることにしました。


三浦海岸駅近くの河津桜と菜の花を見たかったんだけど、時期的にはもう遅いかな…。


朝は寒かったけど、10時ともなれば日も上がって暖かい。
環八を二子玉川まで南下して、多摩川サイクリングロードを川崎方面に下る。

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二子玉川から少し下った所に、早咲きの桜が咲いていた。
もう少し先では、土手の両側に花が咲き乱れて春の訪れを感じる。

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先週のライドみたいに追い込むのも好きだけど、のどかな景色の中をのほほんと流すライドも好き。


やがて国道1号が交わる地点まで来た。
時間があまりないので、国道1号線使って南下する。
幹線道路ではなるべく車の流れに乗れるように走るので、必然的に追い込むことになる。


しかし、鶴見を過ぎたあたりで、リアタイヤがパンクしてしまった。

急ぐ時に限って…。

と思うが、仕方ない。
よく見ると小さい尖った石が刺さっている。

石を取り除いてチューブ交換して修理した。

いつもタイヤをはめる時は、手でタイヤのビードを押し込んでいたのだけど、今回、シュワルベのタイヤレバーのクリップを使ってタイヤをはめてみた。


シュワルベのタイヤレバーは、タイヤを外す時だけでなく、タイヤをリムにはめる時にも使える。


結構、簡単に出来たので、力のない人、女性には便利だと思った。
これについては、別にインプレ記事を書きたいと思う。


修理を終えて、引き続き南下する。
横浜のみなとみらいを通って、快走路の357号線へ。

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ちょうど、昼過ぎになったので、八景島の隣の小柴漁港のどんぶり屋に寄ることにした。

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ここは新鮮でボリュームがある天丼を出してくれるお店。
いつもライドで通る時は大抵夕方なので寄れなかったが、今日はちょうど良い時間だ。

揚げたての天丼はやっぱりうまい!

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今日は痩せるつもりで出たけど、50kmぐらいでこんな食事してたら痩せられないなとも思うが、また走ればいいのだ。


横須賀に向かう途中で、綺麗な菜の花がいっぱい咲いていた。
もう春も近い。

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今日はぶらり旅なので、気になるところで立ち止まると決めている。


田浦あたりで、国道16号線に入る。
ここからしばらくは、路肩が狭いトンネルが続く。


幹線道路から外れているのでいつもは通り過ぎてしまうJR横須賀駅近くのヴェルニー公園によることにした。

ヴェルニー公園とは、横須賀の近代化に貢献したフランス海軍の技術者、ヴェルニーにちなんだ公園だそうだ。

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そこからは海上自衛隊の護衛艦が停泊してるのがよく見える。

今度、空母化の検討がされてるという海上自衛隊最大のヘリ搭載型護衛艦いずもは、横須賀が母港なので、停泊してないかと寄ってみたのだ。


解説しよう。
自衛艦いずもとは…。

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全通甲板を持つ、ヘリコプター搭載型の護衛艦だ。

これまで「おおすみ」級、「いせ」級とヘリコプター搭載輸送艦から、ヘリコプター搭載護衛艦へと、まるで「達磨さんが転んだ」のように空母化への道をにじり寄って来た海上自衛隊だが、遂に写真を見てのとおりほぼ空母と同じ形、大きさも全長248mと、米国の空母には及ばないが、旧日本海軍の大型空母と同等の大きさになった。

私からすれば、もう空母でいいじゃんと思うのだが、これでも、全通甲板がジェットエンジンに耐える耐熱甲板ではないとして、空母じゃないと言い張っている。
一体誰に遠慮しているのか。


しかし、ここに来てもうよいと思ったのか、全通甲板を耐熱甲板化する事等で、自衛隊が新たに導入を始めている戦闘機F35の搭載、空母化が計画されていると言う。

その雄姿を見てみたかったのだ。


ちなみにいずもという名前は、軍艦では2代目である。
初代出雲は、装甲巡洋艦として、日露戦争前に就役した。

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日本海海戦などでも大活躍している誉ある艦名である。

なお、日本海海戦では、ロシアのバルチック艦隊を壊滅する必要があった日本の連合艦隊であるが、実は失敗する寸前であった。

一般的には、東郷大将のT字戦法、敵前大回頭で勝利したと語られているが、実際は敵も動く。そんな単純な戦いではなかった。


確かに三笠は敵前大回頭をした。
だが、戦闘中、舵が故障したバルチック艦隊旗艦スヴォーロフの動きに惑わされ、旗艦三笠をはじめとする第一戦隊が転舵、全艦にスヴォーロフ追撃を命じた。(第一戦隊に続けという命令)

しかし、ロシア艦隊は舵が故障した旗艦スヴォーロフには続航しなかった。
旗艦三笠の命令を鵜呑みにして、この第一戦隊の動きに続いてしまったら、ロシア艦隊の前方が開け、スヴォーロフ以外の艦が遁走する絶好の機会を与えるところであった。

上村司令が乗る装甲巡洋艦出雲をはじめとする第二戦隊は、三笠の命令を間違いと判断して無視。

第二戦隊でバルチック艦隊の頭を抑えるべく、三笠の後に続かず突撃した。

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この結果として、第二戦隊でバルチック艦隊の頭を抑えつつ、旗艦三笠の艦隊と挟撃する形となり、バルチック艦隊を壊滅することに貢献したのだ。

後の海外の軍事研究家は、日本海海戦の分析の中で、この上村司令の第二戦隊の動きを、戦況に即して命令を無視しても自ら的確な判断を行い勝利に貢献したと激賞している。

昔の軍人は何が最善かを考え、命令を聞くだけの頭でっかちではなかった。

高度な判断を含む組織プレーは、リーダーの命令を唯々諾々と聞いているだけではダメなのだ。
全体を考えつつ、個々人が判断力を持って、時には独自に動かなければいけない。

これは現代のサラリーマンにだって、当てはまることであって…。


あっ、これロードバイクブログでしたね。


話を戻そう。
16号線を外れてJR横須賀駅に行くとすぐに駅前からヴェルニー公園だ。
今日は残念ながらいずもはいなかった。

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しかし、とんでもないものがあったのだ。

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なんと、本物の戦艦陸奥の主砲が鎮座していた。

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ここしばらくヴェルニー公園に来ていなかったので、こんなものが置かれていたとは思わなかった。


解説しよう。
戦艦陸奥とは…。

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戦艦大和ができる前は、日本海軍最大の戦艦、長門型の二番艦が陸奥である。

ワシントン海軍軍縮条約で認められた世界で7隻しかない16インチ(41cm)砲搭載艦で、世界7大戦艦と呼ばた戦艦のうちの一隻だ。(内訳は日本二隻、イギリス二隻、アメリカ三隻である。)

横須賀海軍工廠で建造されたので、横須賀ゆかりの戦艦でもある。

しかし、艦コレなんかでも擬人化されているが、世界7大戦艦の割に今ひとつ影が薄い。

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それもそのはず、実は実際の戦艦陸奥も影が薄いのだ。

戦艦陸奥は第二次大戦中の1943年6月、広島湾沖の柱島泊地で突如、主砲弾薬庫が爆発、沈没してしまっている。

かくして、虎の子戦艦が戦争の最中、大して活躍するでもなく沈んでしまったということもあり、当時国民には秘匿された。

一説には、当時陸奥艦内で頻発した盗難事件の容疑者を爆発当日に査問することになっていた。

その容疑者が罪の発覚を恐れて、査問前に陸奥の弾薬庫に放火したという話があるのだ。
容疑者は、爆発した弾薬庫がある四番砲塔の砲兵だったという。

そんな話で約1000人もの乗組員が犠牲になったかと思うと、なんとも救えない話である。

そんなバカなと思うかもしれない。
しかし、旧日本海軍ではこうした乗組員の放火や失策で火薬庫が爆発沈没した艦が実は少なくないのだ。

そういう悲劇の歴史を知ってると、この主砲の見方も少し変わるかもしれない。


乗員(社員)の運用、管理を誤り、軍艦(会社)ごとぶっ飛ばしてしまうというのは、現代社会でもよく見る。
そんなバカなことが今でも繰り返されている。決して陸奥をバカにできないのである…。


あっ、これロードバイクブログでしたね。


それにしても大きい。

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こういうものをどうやって作るのだろうかと考えてしまう。

案内板では、こうした主砲の作り方も解説してあったので、是非、現地で見てほしい。
(写真撮り忘れた。)


ああ〜、なんだか軍艦の話ばかりになってしまったが、我が故郷の軍港の街、横須賀に免じて許して下さい。


次回、三浦編に続きます。



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